昭和産業:不通過のES 2020卒 2

ES研究所

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私には与えられた仕事は何があっても責任を持ってやり抜くという強みがあります。学部生時代、研究室配属されて少し経った頃に3研究室合同ゼミの忘年会がありました。その際私が幹事に任命され、大学内の一室を使って15人程度で鍋物を用意して飲み会という形で行うことが決定し、私は車を持っていなかったので前日に車を持っている同期2人と買い出しに行く予定でした。しかし買い出し当日に2人とも風邪で参加できなくなりました。先輩方も忙しい時期だったので頼るのも申し訳なく、私は1人でお酒類や食べ物の買い出しをスーパーまで何度か往復して行い、食材の下準備、大学までの運搬等夜中までかかって全て終わらせました。結果無事に忘年会は実行でき、先生方を含め、参加した方々に楽しんでいただける会となりました。このように私は不測の事態に陥っても、仲間のフォローは無理してでも行い、責任を全うする信念があります。

学生時代に最も打ち込んだこと

私は学部時代に多種のアルバイトを経験しました。この目標は将来どのような職種に就いたとしても他分野の方と関わらずに仕事が完結することはなく協同が不可欠になるという考えから、自分が興味のない職種でも積極的に経験しておこうと思い、たてたものです。具体的には、中華料理屋のホール、スポーツショップ販売員、大学圃場の管理、ウコンの収穫、マラソン大会の交通整理、デパートでのクリスマスギフト梱包などを経験しました。そして実際に経験した結果、私は『簡単な仕事は1つもない』と感じました。それぞれの職種に必要な能力があり、皆日々の努力によって成長しながら身につけていました。この経験から、私はどのような職種の方に対しても尊敬の気持ちをもち接しています。そして社会人になってもこの経験を活かし他者と協力しながら仕事を進めていけると確信しています。

直近5年間で、あなた自身が起こした最大の変革とそれにより得られたもの(成果)を教えて下さい。(300字以内)

私は学部時代に所属していた〇〇という農業サークルで新しい活動として〇〇島自治会支援を始めました。元々このサークルは名前の通り〇〇の食と農を体験するサークルで、月に1回の農家さんの手伝い、年に1回の全国の農業サークルを集めた交流会(農業体験会)、また大学祭での〇〇焼きそばの販売などが主な活動内容でした。私は新しい活動の第一歩として〇〇島に行き子供たちの学習支援やお祭りの手伝いなどを行いました。それから何度か足を運び、継続的な活動を行いました。この活動は現在でも続けているそうでサークルと〇〇島自治会の繋がりを作る大きな一歩だったと思います。

昭和産業に入社して、10年後に挑戦したいことや実現したいことを教えて下さい。(300字以内)

私は生産技術職として小麦粉またはミックス粉などの製造において均一な品質を作ることのできるプロフェッショナルになりたいと思っています。現在日本で使われている小麦粉の原料である小麦はほぼ輸入品でその品質は生育年度、産地、気候変動などで大きく変わってしまいます。また物流の状況もあり、その時ある小麦で目標の品質を常に守っていくことは非常に難しいことだと思います。私はその技術を貴社で働く中で様々な先輩や他部署の方々との協力の中で身につけ、ゆくゆくは開発部署の方からの要望の粉もすぐに考案し、他部署にも影響を与えられる人間になり、「小麦粉、ミックス粉のことは〇〇に聞くのが一番」と言われる存在になりたいです。

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