1.大学及び大学院時代で、一番力を入れて取り組んだことは何ですか?その取り組んだ内容について、どのような「想い」を持って取り組んだか、その想いの実現に向けてどのように行動したかや、取り組みの結果を踏まえて、お書きください。
【常勝チーム復活】所属する軟式野球サークルは、関東大会常連として知られる強豪だが、私が2年時には学内大会10連覇を逃し、チームは最悪の状態だった。「10人目のプレーヤー」としてチームの復活に貢献したいという想いの下、自分に何が出来るか考えた。自身の経験から、野球という集団スポーツで勝つ為には団結力が大切だとし、チームに一体感を持たせる為に、情報共有の徹底・選手とマネージャーの関係構築を行った。週3回の活動で「野球ノート」に記録を取り、試合時には試合速報を作成して全体のLINEで共有した。また、大会前にはマネージャーに呼びかけ決起会の企画運営を行った。結果、6割程度だった練習への出席率は毎回9割を超えるようになる等、チームがひとつになることを実感でき、次の大会では関東大会準優勝を果たした。10人目のプレーヤーとして向き合い、働きかけたことで総勢100名を巻き込み、常勝チーム復活を実現した。(399字)
2.今までに直面した一番大きな困難は何ですか?その困難をどのように乗り越えたかやその経験を通して何を学んだかを踏まえて、お書きください。
中学時代に所属したソフトボール部で、自らの努力で掴んだレギュラーを、怪我で手放した経験である。チームは県大会優勝候補と評され、全体のレベルは高くレギュラー争いは熾烈だった。私は30名から9枠のレギュラー獲得を目指し、全体練習に加え帰宅後に「走り込みと素振り」を行うことを決意し、引退までの3年間継続した。努力が実ってレギュラーを獲得したが、大会目前に肉離れを起こし、大会への出場が出来なくなった。私は悔しさでいっぱいだったが、グランドの外からチームメイトの懸命な姿を見て、出場出来なくてもチームとして勝ちたいと感じ、怪我をしていても自分にできることを徹底的に考え、グランド整備や練習後のボール磨きを欠かさなかった。私の取り組みの姿勢が評価され、2年時には部長に指名されることが出来た。この経験から、「自分にできる最大限を尽くし、決意を貫くこと」は、他者からの信頼を得ることに繋がるということを学んだ。(400字)
3.あなたにとって、仕事とは何ですか?あなた自身が大切にしている価値観などを踏まえて、お書きください。
私にとって「仕事」とは、「人を支え、恩返しをすること」である。これまでの人生を振り返ると、学校の教師や教授、先輩後輩、友人、様々な人に支えられて生きてきた。何よりもこれまで私を育て、支えてくれた家族に恩返しして、これからは私が家族を支えていきたいと考えている。仕事を通じ、自分の利益だけを考えるのではなく、家族やこれまで支えてくれた人、社会に恩返しがしたいと考える。また、自らの働きによって、周囲の人々の感動や笑顔を生み出せることは、私を動かす原動力である。サークルでは部員の笑顔を見るために、マネージャーという立場から自分にできることを考え働いた。懐石料理店でのアルバイトでは、どのようにしたらお客様に笑顔で帰っていただけるかを考え接客し、実際にお客様の喜ぶ顔が見られた時には大きなやりがいを感じる。仕事を通じ、より多くの人々を支え恩返しをして、人々の笑顔や感動の「きっかけ」となりたいと考える。(399字)
長所
何事に対しても「自分ごと」として真剣に取り組み、自分なりの考えや意志を持ち、一度決めたことは貫ける所。そのために努力が出来る所。また、自分とは異なる意見にも耳を傾け、受け入れることができる所。
短所
何事に対しても考えてから行動を起こすため、素早い決断が苦手な所。また、他者からの頼み事をNOとはっきり断ることができない所。「このくらいでいいか」と妥協できず、期限に追われる所。
◆写真の説明
貼り付ける写真の説明を記入してください。(全角30文字以内)
軟式野球サークルで、選手に向けてノックを打っている写真
◆エピソード・想い
具体的なエピソードと上記にかけた想いを記入してください。
(全角100~200文字)
所属する軟式野球サークルにて、常勝チーム復活を目指し、単なるマネージャーではなく「10人目のプレーヤー」として貢献したいと想い、自分に何ができるか考え、取り組んだことの1つである。ソフトボール経験のある私は、活動に遅れてきた選手のキャッチボールの相手やノック等、「私だからこそ」チームに出来ることを考え、実行した。他のマネージャーも自ら練習を手伝うようになるなど、周囲を巻き込むことにも繋がった。













