はじめに
この記事では「就活生=投資家」「就職=自分という資本を企業に投資する」と定義した上で、就活生に人気がありそうな上場企業を「有価証券報告書」という上場企業なら毎年提出しなければならない成績表に書かれている「数字」という客観的事実のみで見てみようとするものです。
なのでここに書かれていることは、あくまで企業に対する直感を補足するものないしは裏付けるものとして捉え、就活に役立ててもらいたいと思っています。
では就活人気企業として、キリンホールディングス(以下:キリン)を取り上げます。
目次
キリンはいったいどんな商売をしているのでしょうか?
最新の有価証券報告書から抜粋すると、5つの事業に分けることが出来ます。
- 「日本総合飲料」 (以下:日本)
- ビール・発泡酒・新ジャンル・その他酒類等の製造・販売、酒類の輸入・製造・販売、清涼飲料の製造・販売
- 「オセアニア総合飲料」(以下:オセアニア)
- 豪州及びニュージーランドでビール・洋酒・乳製品・果汁飲料等の製造・販売
- 「海外その他総合飲料」(以下:海外その他)
- ミャンマーでビールの製造・販売、米国でコカ・コーラ製品の製造・販売、フィリピン等でビールの製造・販売、中国で清涼飲料の製造・販売
- 「医薬・バイオケミカル」
- 医療用医薬品の製造・販売(協和発酵キリン)
- 「その他」
- 小岩井乳業など
①どんな仕事の種類があるのか
各セグメントの直近3年間の平均数値は以下になります。
売上 順位
- 1位:日本
- 2位:オセアニア
- 3位:医薬・バイオケミカル
- 4位:海外その他
- 5位:その他
売上の半分以上は「日本」が占めているようです。
そして意外と「医薬・バイオケミカル」の貢献度も高いようです。
利益 順位
- 1位:日本
- 2位:医薬・バイオケミカル
- 3位:オセアニア
- 4位:海外その他
- 5位:その他
売上では圧倒的だった「日本」ですが、営業利益となると存在感が少し薄れます。
代わりに「オセアニア」と「医薬・バイオケミカル」の2事業が台頭しており、実質この会社の稼ぎ頭は「日本」「オセアニア」「医薬・バイオケミカル」の3本柱ということになりそうです。
研究開発費 順位(少ない順)
- 1位:その他
- 2位:海外その他
- 3位:オセアニア
- 4位:日本
- 5位:医薬・バイオケミカル
営業利益貢献度が高い「医薬・バイオケミカル」ですが、全社の研究開発費のかなりの部分をほぼ独占してしまっています。
設備投資額 順位(少ない順)
- 1位:その他
- 2位:海外その他
- 3位:医薬・バイオケミカル
- 4位:オセアニア
- 5位:日本
設備投資費に関しては「その他」以外はそこまでの大差がない印象です。
順位をまとめると以下のようになります。
※各数値の偏差値を基準として順位を算出しています。偏差値の平均は50です。
※下位項目を赤字で示しています。
セグメント 総合順位
- 1位:日本(偏差値:65)
- 2位:オセアニア(偏差値:55)
- 3位:その他(偏差値:51)
- 4位:海外その他(偏差値:42)
- 5位:医薬・バイオケミカル(偏差値:37)
研究開発費も設備投資費もそれなりにかかりますが、それに見合う貢献度を示している「日本」が1位となっており、その下に似たような感じの「オセアニア」が続きます。
そしてこれまで全く目立ってこなかった「その他」はなんだかんだで割と普通レベルのクオリティを示しており、「医薬・バイオケミカル」は研究開発費の多さが響いて最下位ということになっています。
次に従業員1人あたりの売上と利益について見てみましょう。
※売上/従業員数・利益/従業員数の単位は百万円
売上/従業員数 順位
- 1位:日本
- 2位:その他
- 3位:オセアニア
- 4位:医薬・バイオケミカル
- 5位:海外その他
「日本」は相変わらずの強さを見せていますが、「その他」は個人技ベースではかなり優秀なことがわかります。
利益/従業員数 順位
- 1位:その他
- 2位:オセアニア
- 3位:医薬・バイオケミカル
- 4位:日本
- 5位:海外その他
個人技での売上で意外な強さを見せた「その他」ですが、営業利益に関しては1位を獲得しています。
逆に「日本」はあんまり強くないようです。
1人あたり利益/売上 順位
- 1位:医薬・バイオケミカル
- 2位:オセアニア
- 3位:その他
- 4位:日本
- 5位:海外その他
利益効率では僅差で「医薬・バイオケミカル」が1位となっており、「オセアニア」と「その他」も一定の効率の良さを記録しています。
そして「日本」は上位3事業と比べると利益効率では大きく見劣りがします。
順位をまとめると以下のようになります。
※各数値の偏差値を基準として順位を算出しています。偏差値の平均は50です。
※下位項目を赤字で示しています。
従業員1人あたり 総合順位
- 1位:その他(偏差値:59)
- 2位:オセアニア(偏差値:57)
- 3位:医薬・バイオケミカル(偏差値:53)
- 4位:日本(偏差値:49)
- 5位:海外その他(偏差値:31)
(参考)
セグメント 総合順位
- 1位:日本(偏差値:65)
- 2位:オセアニア(偏差値:55)
- 3位:その他(偏差値:51)
- 4位:海外その他(偏差値:42)
- 5位:医薬・バイオケミカル(偏差値:37)
チーム力ではそこまでではなかったものの、個人技ベースでは売上と営業利益で強さを見せつけた「その他」が1位となっています。
そして「オセアニア」は安定感はあったものの僅差で2位ということになっており、3位には利益効率トップの「医薬・バイオケミカル」がつけています。
「日本」は普通くらいではあるもののチーム力の時に見せた圧倒的な強さは鳴りを潜めています。
なお「海外その他」は存在感がかなり薄いことになっています。
②どこの国で仕事をしているのか
地域別 順位
- 1位:日本
- 2位:オセアニア
- 3位:その他
売上の大半を日本で稼ぎ出していることから、割とドメスティックな企業という認識になるのではないかと思います。
③会社の安定性を測る指標
- A:流動比率&自己資本比率
- B:CF計算書
A:流動比率&自己資本比率
流動比率・自己資本比率ともにそんなに悪くもなく、かといって良くもなくといった感じです。
B:CF計算書
※単位は百万円
2016年度は純利益がマイナスですが、営業CFは大幅なプラスを記録しているのでそこまで大きな問題ではなかったのではないかと思います。
そして投資CFも営業CFの内々に収まっており、財務CFも安定してマイナスなのでけっこうしっかりとした経営なのではないかと思います。
④会社の成長性を測る指標
※単位は百万円
売上高は減少傾向ながらもそれと反比例して純利益及び純利益率は上昇の一途を辿っています。
このことから純粋な成長軌道には乗っていないことがわかりますが、あくまでも規模を追わずに質を追う経営にシフトしており、それが割と上手く行っているのではないかと思います。
⑤投資家目線で見た魅力的な会社とそうでもない会社の違い
- A:ROE(自己資本利益率)
- B:FCF(フリーキャッシュフロー)
- C:不況時の売上・純利益・営業CFの推移
A:ROE(自己資本利益率)
ROE、つまり「投資家から預かったお金を使っていかに効率良く利益を出しているか」という観点で企業をチェックする場合、全世界的に見て
- 5%未満=最悪
- 5%=微妙に悪い
- 10%=普通
- 15%=まあまあ良い
- 20%以上=素晴らしい
となります。
ではROEの直近3年間の推移を見てみましょう。
2016年度はそもそもの純利益がマイナスなのでお話になりませんが、特筆すべきはここ直近で急激にROEが上昇しており、2018年度には「素晴らしい」レベルまで高まっていることです。
もちろん2017年度から2018年度にかけて自己資本比率が減少しているのでその恩恵を受けている、というのもあるのでしょうがそれにしてもこの改善の仕方は良い意味で普通じゃないです。
B:FCF(フリーキャッシュフロー)
※営業CF・実質設備投資・ネットFCFの単位は百万円
けっこうな額の自由資金を残せているようです。
やはりいたってヘルシーなCF計算書です。
C:不況時の売上・純利益・営業CFの推移
※単位は百万円
多少のアップダウンはありますが、そこまで大きく影響を受けている訳ではなさそうです。
何より営業CFは増加の一途を辿っているので不況時でも経営はかなり安定していそうです。
そして売上高に関しては、現状ではこの企業は2兆円が限度のようです。
⑥まとめ
これまでキリンを数字で見てきたことをまとめると、
- ・一番クオリティが高い事業は「日本」
- ・個人技では「その他」が一番強い
- ・「オセアニア」はチーム力・個人技ともに安定した強さを誇る
- ・割とドメスティックな企業
- ・財務の健全性は普通
- ・経営はけっこうしっかりしていそう
- ・ここ数年で「規模を追う経営」から「質を追う経営」にシフトしている模様。そしてそれが上手く行っていると思われる。
- ・お金の使い方は近年で滅茶苦茶に上手くなっている
- ・毎年多額のFCFを残せている
- ・景気の影響はあまり受けなさそう
ということになるでしょう。
⑦ES・面接での想定訴求ポイント
ここでは有価証券報告書で調べてきたことを実際のESや面接でどうやって活かしていけるか、という点に絞って想定される訴求ポイントを挙げます。
「オセアニア」と「その他」を攻める
この会社のメイン事業は「日本」ですが個人技ではあまり強くなく、投下人員数の多さでその弱点をカバーしていることを確認してきました。
一方「オセアニア」はチーム力・個人技ともに2番手の安定した強さがあり、「その他」は個人技では最強であるということを確認してきました。
なので「会社側の需要へのマッチ」と「競争過多が予想される『日本』を敢えて避けることによる、競合就活生との差別化」の2つの観点から、「オセアニア」もしくは「その他」に携わりたいことをアピールするのが良いのではないかと考えます。
中でも「その他」は大穴中の大穴で、個人技最強のこの事業を伸ばすことが出来れば会社全体の成長に大きく貢献出来るのではないかと思います。
有価証券報告書で調べたことから使えそうなところを捻り出すとしたら、上記のようになると思います。
有価証券報告書だけでなく、企業の「IR情報」という投資家に向けて公表している情報には業績や今後の方針などをわかりやすくパワーポイントでまとめたものもあるので、興味を持たれた方はそちらも見てみると良いかもしれません。